
重岡建治の世界









重岡建治氏のプロフィール
重岡建治氏の世界との出会い
この五月、伊豆で、昨年多くの人々から惜しまれて逝去された彫刻家、重岡建治の作品に出会った。
アトリエの外庭は、やわらかな光と初夏の緑に包まれていた。その中に静かに佇む幾つかのブロンズの彫像は、穏やかな表情の中に、どれも揺るぎない力を放ち、人間への深い愛と祈りが心に伝わってくる。
作品の前に立つと、胸の奥に熱いものがこみ上げ、言葉が出なかった。これまでに見た彫刻には感じたことのない衝撃を覚えた。思わず手で触れて撫でてあげたいような思いに包まれた。風に揺れる木々の葉音さえ、その空間では祈りの声のように感じられた。
重岡はその温かい人柄から多くの人々に愛されていたという。この日、訪れた際、ご家族の心優しい親切に甘えて、幸運にもアトリエの中も拝見させていただいたが、大きな木製の彫像で埋め尽くされていた。人間愛の叫びに圧倒され、感動を深くした。生前にお会いできなかったことをこれほどまでに悔やむのは初めてのことである。
重岡は高校時代、京都の美術館で沢田政広と円鍔勝三の木彫に出会い、彫刻家になる決心をした。さらに東京で開催された現代イタリア彫刻展でエミリオ・グレコの作品を見てイタリア留学を決意する。この二度の決意が彼の人生を決定づけたのであろう。そしてその後の人生を、まっすぐに「好き」に捧げた。人間愛や平和への熱い思いを胸に、彫刻芸術にすべてを注ぎ込んだその生き方を、尊敬してやまない。
その瞬間、私は思った。自分は、本当に「好き」を生きてきただろうか。
振り返れば、私は決して「好き」を極めようと意識して生きてきたわけではない。企業の第一線で与えられた使命を果たすために努力を重ねるうち、仕事が得意になり、やがて「好き」に近いものへと変わっていったのかもしれない。しかし、心からの「好き」を生きてきたとは言い難い。
七十歳を迎えたとき、胸の奥に静かな壁のようなものを感じた。その壁は目には見えない。だが、社会の中で自分の役割が突然消えていくような、静かな喪失感や孤絶感があった。昨日まで当たり前にあった人との会話の場が、遠のく。時間の流れが明らかに変わるのを感じた。
「この壁をどう越え、その先をどう生きるのか。」そんな問いが心を占めた。
だが、重岡の生き方に導かれるようにして、あらためて自分の「好き」を問い、この壁を新たな生き方で越えていってみようと考えるようになった。
2025年5月記